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一級建築士事務所(株)ローバー都市建築事務所

建築に関する豆知識

新着情報

地域に合わせた断熱施工を

自分が建築する地域では、どの程度の断熱性能があるかを知る目安として、Q値(熱損失係数)があります。内外の温度差が1度のときに、1時間に建物全体から外に逃げる熱の割合を示すもので、この数値が小さいほど断熱性能が高いといえます。
住宅金融公庫では、その地方の気候や風土の特性に合わせて、全国を5つの地域に区分しています。断熱性能が求められる寒冷地と比較的寒さが穏やかな地域とでは、仕様を変えた方が合理的かつ経済的です。また、必要以上にQ値の小ささにこだわるのは考えものです。夏の暑さが厳しいところで過剰な断熱をすると、室内に太陽の輻射熱がこもり、熱が逃げにくくなる場合もあるからです。断熱材よりも、庇を長くして日差しを防ぐなどの工夫に重点を置く方が得策かもしれません。

カフェが育む芸術空間

(2012年2月24日号 毎日新聞京都版朝刊 京都空間創生術130 より引用)

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京都市中京区錦小路室町上ルにある「京都芸術文化センター」。元は1869(明治2)年に下京第三番組小学校として開設された、明倫小学校。1931(昭和6)年に建設された旧校舎を改修・再生して、2000(平成12)年より京都の芸術文化発信の拠点として現在まで使用されている。館内では、絵画・演劇・ダンスなどの幅広い活動が日々活発に行なわれ、若きアーティスト達の創作活動・発表の場となっている。
先日、そんな京都芸術文化センター内にある「前田珈琲 明倫店」=写真=を訪れた。以前は、小学校1年生用の教室として使用されていたという、カフェスペースは、居心地もよく懐かしい気分になる。聞けば、00年の芸術センター開館以来、喫茶の持つ本当の良さをこの場所で伝え続けているという。
高い天井を見上げると、丁寧な装飾が施された大きな白い梁(はり)が印象的である。梁の端部を斜めに折り下げ強度を増したスタイルは"垂直ハンチ"と呼ばれ、昔の建物によく見られる設計手法であるが、むしろそれが目新しい。また、床材には天然木のナラフローリングが使用され使い込むほどに味わいのあるしつらえとなっている。椅子やテーブルに至るまで、和洋折衷様式を意識した、レトロなスタイルでまとめられ、老若男女を問わず愉しむことのできる安らぎとぬくもりの空間を創出している。

 計画当初は、自動販売機スペースとして計画されていた、一年生の教室空間。文化と芸術がふれあい、新しい歴史が育まれる中で、一杯の珈琲と、そのスペースが持つ意味性を感じることのできたひとときであった。

重要文化財 瀧澤家住宅

(2011年12月9日号 毎日新聞京都版朝刊 京都空間創生術126より引用)

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 義経伝説でも有名な京都市左京区「鞍馬」。古来より、鞍馬は丹波や若狭と京都との間の物資の中継点としても発展を遂げ、街道沿いには、山間の良質な薪炭などを扱う問屋等も軒を連ねていた。付近一帯には市中と変わらない形式の町家が多く立ち並び、情緒ある町並みが今もなお続いている。
 先日、叡山電鉄鞍馬駅から鞍馬街道を500メートルほど北上したところにある、「瀧澤家住宅」(写真)を訪れる機会に恵まれた。「瀧澤家」は旧炭問屋と伝えられている町家であり、国の重要文化財に指定されている。祈祷(きとう)札には、「寶暦十庚辰四月廿五日」と記され、今から約250年前の宝暦10(1760)年に建築されたことが知られている。現在、京都市内にある重要文化財である町家は他に下京区にある「角屋」と「杉本家住宅」、そして中京区にある「小川家住宅(二條陣屋)」の3件しか指定されていない。
 建物の両妻に卯建(うだつ)をかまえる格式のある外観は、江戸時代後期における標準的な京町家の様式を現代に伝える貴重な文化財となっている。間口4間半のうち西側2間を通り土間とし、その東側に一列3室の座敷が計画されている。通り土間形式である京町家の例としては現在知られる京都市内最古のものであるといわれている。2階部分には、通りに面して2室の座敷と、屋根裏に薪炭置き場が計画されており、辷(すべ)り戸天井を引き開けて、箱階段で上階に上る構造となっている点は興味深い。
 洛中の町家のほとんどが、過去の大火によって失われた中、近世京町家の典型事例として鞍馬の山中に「瀧澤家住宅」は残り続け、私たちにその姿を伝え続けているのである。

古都の香りを未来にはぐくむ

(2011年10月7日号 毎日新聞京都版朝刊 京都空間創生術122 より引用)

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 応仁の乱以降、豊臣秀吉の京都改造によって寺院が集められ、現在の原型をつくりあげた京都寺町かいわい。平安京造営時代に「東京極大路」として計画された「寺町通」には、明治28(1895)年から大正15(1925)年まで、31年間にわたって路面電車が走り、京都のメーンストリートとしてそのにぎわいをみせていた。
 現在でも、丸太町通から南に軒を連ねる商店街には、創業294年の「一保堂茶舗」をはじめ、創業230年の「龍枝堂」、創業170年の「末廣」、更に創業100年以上の「更科」「大松」「豊松堂」「船はしや総本店」「村上開新堂」「京都古梅園」といった、京都でも屈指の老舗がずらりと軒を並べ、当時のにぎわいを、今もなお、街路に形成している。その他にも、古美術店や画廊・古書店が多数建ち並び、古都・雅(みやび)の文化の香りを現代にはぐくんでいる。
 そんな「寺町通」に1軒の住宅を設計する機会に恵まれた。西国33カ所第19番札所である行願寺革堂にほど近く、イチョウ並木の歩道に面した計画地には、周囲の景観に配慮した美しい建物であることが求められた。杉板模様のコンクリート打ちっ放し壁と、「和」を象徴する格子をリズミカルに繰り返しながら外観を形成し、伝統美を感じさせながらも現代和の構築を目指した。端正なたたずまいを感じさせる建物の1階にはギャラリー「Art Space-MEISEI」を計画し、芸術・文化の情報発信施設としての機能も内包した。
 新景観法の施行以来、京都にとってふさわしいデザインのあり方が議論されるようになった古都・京都。古いものを守るだけではなく、これから、次の世代になにを伝えるべきかという観点からのアプローチも非常に大切であると思えた寺町のプロジェクトであった。

順正書院と新宮凉庭

(2011年7月8日号 毎日新聞京都版朝刊 京都空間創生術116より引用)

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 先日、京都市左京区南禅寺門前にある「南禅寺順正」を訪れる機会に恵まれた。約1200坪の広大な敷地のなかには、国の登録有形文化財にも指定されている「順正書院」の他に数棟からなる端正な和風建築とともに、豊富な山水を使った風情のある庭園が広がっている。
 江戸後期の蘭医学者でもあり儒者でもあった、新宮凉庭(1787~1854)がこの地に医学校である「順正書院」を、開設したのは今から172年前の天保10(1839)年のことである。丹後国由良(宮津市)で生まれた新宮凉庭は、長崎で蘭医学を修養したのち帰郷し、文政2(1819)年に京都で医院を開業、やがて京都随一の名医となった。その後、私財を投じて、当地に医学校を設立したのが、この順正書院であり、内外科のほかに6学科を定め、体系的な医学教育が行われ、現在の京都府立医科大学の礎を築くこととなる。
 瓦ぶきの大屋根に桧皮(ひわだ)をあしらった外観が特徴的な書院本館は、学問を修める場としてふさわしく、荘厳なしつらえの中に上質で落ち着いた空間が整えられており、凉庭が講義を行った「上段の間」をはじめとして、医塾創設当時のたたずまいを残したまま現在も大切に使用されている。
 同じく、172年前の創設当時からある玄関脇の石門には「名教楽地」という文字が刻まれている。「名教の内、自ずから楽地有り」という晋書(中国の歴史書)の言葉に由来したこの書には、「人の行なうべき道を明らかにする教えを行う中に、おのずから楽しい境地がある」という意味が込められている。
 静かで美しい庭園と歴史ある建物に囲まれながら、先人の残した言葉の重みを感じたひとときであった。

格子に感じる先人の知恵

(2011年6月3日号 毎日新聞京都版朝刊 京都空間創生術114より引用)

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 先日、山科にある、1軒の和風住宅の再生をさせていただく機会に恵まれた。東山の山裾に位置する閑静な住宅地の中にあり、周りの緑や風景ともよく調和のとれた、美しい住宅であった。長年、この場所に住まわれてきたクライアントであったが、家族構成やライフスタイルの変化により、更に快適な住まいへの改装を希望されていた。
 通風と採光を向上させるために、建物の一部を除却することにより、開放的な庭スペースを確保すると共に、南側の日だまりスペースにタイル張りのリビング空間を計画する等、再び始まる新しい暮らしを快適に過ごしていただけるよう、全体的に工夫を凝らした。
 写真は、格子によるスクリーンを計画した玄関ホール部分。ライトアップされた細めの格子が、パブリックスペースとプライベートスペースを緩やかに区切ると共に、デザインのアクセントを形成している。
 京町家に代表されるように、格子は和風のデザインを語る上で、欠かせないエレメント(構成要素)となっているが、多くは外部空間において使用されることが多い。空間を区切ることのできるひとつの大きな壁面でありながら、採光と通風を確保し、同時に進入と視界を制御できることがその大きな特徴である。特に、京都においては、格子は独自の進化をとげ、親子格子や板子格子・細目格子など、さまざまな種類の格子が考案されてきた。
 いわば、先人たちの智恵の蓄積ともいうべき豊かな工夫が、格子にはこめられている。現代においても、その意味合いを再考し、更なる工夫を格子に加えていくことにより、大事な伝統を伝えていきたいと、改めて感じることのできたプロジェクトであった。

伝統京町家をホットスポットに

(2011年2月11日号 毎日新聞京都版朝刊 京都空間創生術107 より引用)


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先日、京都市下京区仏光寺通柳馬場にある四軒長屋の一画を改装する機会に恵まれた。大正時代に建てられたであろうこの長屋は、建設当時の趣を残す手入れの良く行き届いた京町家であった。この京町家と今回新しくご縁のあったクライアントは、京町家の風情を生かしながらも、最新のテクノロジーを取り入れた居心地のいいCAFE空間への改装を希望されていた。

 幼いころ、テレビでみた「ウルトラセブン」という番組の中に、こんなワンシーンがあったのを思い出す。ウルトラ警備隊が装備する「ビデオシーバー」とよばれる腕時計形のテレビ電話があった。それぞれのモニターには鮮明な映像が映し出され、腕時計を介して隊員同士が連絡を取り合っていたのである。あれから約40年。当時は、夢のように思えた未来の仮想技術も今や現実のものになりつつある。

 写真は、京町家を改装したCAFE「esrille(エスリル)」の店舗空間。座敷の天井や、既存建具のぬくもりをうまく活用しながら、落ちつきのある空間への再生を心がけた。座椅子には「カリモク60」と呼ばれる60年代に販売されたデザイン家具が使用され、レトロでモダンな雰囲気作りに一役かっている。

 そんな伝統的な京町家の内部には、現在の最新技術である「WI-FI(ワイファイ)」と呼ばれる無線コンピューターネットワークが完備され、店内の至る所で、インターネットや通信ゲーム等が使用できる環境(ホットスポット)が整備されている。また、スポットライトには全てLED(発光ダイオード)が使用され環境にも配慮した、先進的な取り組み事例となっている。

 伝統町家に最新技術。先人と現代人の知恵の融合による、新しい取り組みは今後の京町家再生のよき参考事例となることであろう。

守り続ける伝統と美しさ


(2011年1月28日号 毎日新聞京都版朝刊 京都空間創生術106 より引用)


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 先日、京都市中京区六角通新町西入にあり、国登録有形文化財でもある「久保家住宅」を訪れた。現在は、京料理店「懐石 瓢樹(ひょうき)」として、この邸宅は大切に使用されている。六角通に面するこの建物は、明治期に日本画会で活躍した今尾景年(いまおけいねん)の自宅として、大正3(1914)年に建築された。

 京都友禅染の家に生まれた今尾景年は、友禅染の下絵描きより画を始め、浮世絵の技法を学んだ後、確かな写生にもとづく優美で流麗な花鳥画を得意とする画家であった。その精緻で写実的な作風は海外でも高い評価を得、明治33(1900)年のパリ万博で銀牌(ぱい)、明治37(1904)年のセントルイス万博で金牌を受賞した明治美術界を代表する巨匠でもあった。

 約400坪の敷地の中央部に建てられた母屋は、桁行(けたゆき)10間・梁間(はりま)6間の規模を持ち、東側に土間、西側に10畳と15畳の続き座敷が計画されている。更にその南側には10畳の応接室を持つ玄関棟があり、互いを渡り廊下でつなげながら、巧みに庭園を配置することにより、自然を肌で感じることのできる今尾景年らしい、品格のある近代和風住宅に仕上げられている。皇室御用林より切り出した良材による、総栂(つが)造りの邸宅は、100年近い歳月を経た今もなお、その本物の輝きを増しているようにすら感じられる。

 「瓢樹」の3代目ご主人、西村誠氏はこう語る。「あくまで建物が第一、料理は脇役。由緒ある文化財の名を汚さぬように、本物の輝きには本物の料理を出さないといけないと考えています。」と。

 時は流れても、伝え続けられる伝統の美しさ。時代によって変わり続ける、京の素材を使いながら、変わらぬ味を守り続ける「瓢樹」の看板とともに、今尾景年のかつての邸宅も守り続けられると感じたひとときであった。

環境と家計に優しいエコリフォーム

(2010年12月17日号 毎日新聞京都版朝刊 京都空間創生術104 より引用)


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 今年から新しく導入された「住宅エコポイント制度」。年末のこの時期、多くの方から住宅リフォームのプロジェクトをご依頼いただいている。制度が始まった当初は、まだ一般に広く知られていなかったこともあるとは思うが、日々、寒さが増すにつれて、マイホームの断熱改修・省エネリフォームをお考えのクライアントが多くなってきたことを実感する。

国土交通省・環境省・経済産業省が一体となって取り組むこの住宅エコポイント制度は、改修後の断熱性能がある一定の省エネ基準(1999年基準)を満たせば、30万ポイントを上限として、商品券や省エネ・環境配慮型製品等と交換できるシステムとなっている。このポイントを使用して、新しくテレビや冷蔵庫等の家電製品を購入すれば、家電エコポイントも更に取得できることとなる。

住宅における断熱技術の進歩はめざましく、10年前までは高価であったペアガラスや、高機能型断熱材も、現在では手軽に使える状況にまでなりつつある。写真は、先日、リフォームをさせていただいた「西京極 K HOUSE」。築25年の鉄骨ALC(軽量気泡コンクリート)造りの建物に断熱リフォームを施したプロジェクト。冬寒く、夏暑かった過ごしにくい室内空間は、冷暖房負荷を低減した快適なリビング空間へと生まれ変わった。

来年は更に、太陽光発電・節水型トイレ・高断熱浴槽についても補助が拡充される予定である。その他に京都市においては、生け垣に対する助成や、外観改修に対する助成等、さまざまな補助金制度も準備されている。いろいろな補助制度や減税制度を利用しながら、環境にも家計にも優しく、賢いリフォームを心がけていきたいものである。

祈りを捧げたあの日

(2010年10月22日号 毎日新聞京都版朝刊 京都空間創生術100 より引用)

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 旧薩摩藩邸跡にある同志社今出川キャンパスには、五つの重要文化財を含む多くの赤煉瓦(れんが)建築が現存する。明治17(1884)年に建設された彰栄館を最初として、次に建設されたのが、同志社礼拝堂である。明治19(1886)年竣工(しゅんこう)のこの礼拝堂は、通称「チャペル」と呼ばれ、同志社の歴史とキリスト教精神を象徴する建物として親しまれている。

 設計は先の彰栄館と同じく、当時、宣教師でもあったD・C・グリーン。鉄板葺(ぶ)き煉瓦造りのこのチャペルは、飾り気のない「アメリカン・ゴシック」スタイルの美しい建物である。あっさりとした、ゴシックデザインはプロテスタント系の礼拝堂にふさわしく簡素な意匠構成となっている。煉瓦積みの外壁は、「イギリス積」をアレンジした、長手積み3段、小口積み1段を繰り返すいわゆる「アメリカ積」で積まれている。先の彰栄館が長手積み4段であるのに比べて、強度的にも強い3段で組まれていることは個人的にも興味深い。

  中学時代の3年間、毎朝、賛美歌を歌いながら、聖書を一緒に読んだあの思い出は、今でも鮮明に覚えている。色とりどりの木製ステンドグラスからは、赤・橙(だいだい)・青・緑などの柔らかな光が差し込み、パイプオルガンの荘厳な音色と共に穏やかなひとときを過ごした。

  礼拝堂内部は、プロテスタントの教会にふさわしくシンプルな単身廊で構成され、露出された小屋組の部材が美しかった。建築の勉強をしてからは、この小屋組は「鋏(はさみ)小屋組」という洋風建築の技術の一種であることを知ることとなる。

 ともあれ、独特の甘酸っぱい香りのするチャペルの中で、祈りを捧(ささ)げたあの日の思い出は、今の私の人間形成に大きく役立っており、感謝すべき美しい思い出なのである。


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